宅急便のお兄ちゃん

1.2 日日是好日

今日、引っ越しのあいさつをしようと決めていた。

下の階の人がどんな人か何となく見当がつく。

よく演歌が流れ、NHKっぽい番組の音が聞こえる。それも、だいぶ大きい音量で。

私のばあちゃんもTVの音量がだいぶ大きい。演歌も大好きだ。

少し耳が遠いお年寄りの一人暮らしなんだろうな。

私はそう予想していた。

夕方6時、部屋の前に立った。

ピンポンを鳴らそうとすると、緊張する。怖くなる。

「どんな人が出てくるのか。」

機嫌が悪い、鋭い目つき、そんなおじいちゃんだったらどうしよう。

結構よぼよぼで、部屋の中荒れてたらそれもそれで見たくない。

なかなかピンポンを押せなかった。

「ドタバタ迷惑をかけるのは上の階の私なので、挨拶はしなくてはならない。

せっかく、リトル饅頭と副梅を買ったんだもの!」

そう、心の中で叫びながら、ドアの前に5分ほどウジウジしていた。

でもね、ふとした瞬間に心の準備は整うもんなのだ。

「宅急便のお兄ちゃん」を思い出した。

「宅急便のお兄ちゃん」は、毎回、知らない家を訪れ、知らない人と出会う。

どんな人が出てくるのか、ドアが開いてからじゃないと分からない。

「よっぽど怖いんじゃないか。」そう気づいた。

私は、もうすでに中の人の見当が付いているのである。

「ああ、大丈夫だ。もう行きな。」

そうやって、私の手はボタンを押していた。


今思うと、だれが出てくるのか分からなくて怖いのは中の人も同じである。

自分の家に人が訪れるなんて、びっくりする。

ドアを開けるまで、安心できない。

同様に、人に話しかけることも似ているのかもしれない。

どんな反応されるか、興味を持ってもらえるか分からない。

話しかけるのは、かなりのエネルギーがいる。

でも、それと同時に、話しかけられた人も、びっくりしているのだ。

そんな話題が飛んでくるのか分からないけど、脈絡に沿って返さなければならない。

話しかけるのはいいけど、ちゃんと受け側の人のことも配慮しなくてはならないな。

もっと思いやるべきだった。

僕は今日、そこに気付くことが出来た。

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